乗り換え、そして行き先知れず

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乗り換え、そして行き先知れず

前回の続き、

戦慄の言葉が投げかけられました。

「俺も借りてるで」

僕は少しの戸惑いとともに変な安心感を覚えました。

彼はそれ以上は語りませんでした。

 

僕はしばらくそのことは忘れることにしました。

 

数週間の後、僕は別の職場で働くことが決まりました。

そこは、陶器を主に雑貨や布製品なども販売している会社でした。

職種はインターネットの企画で商品販売をするという仕事。

 

 

のはずでした。

 

まずは商品を知ってもらうという理由で数週間店頭に立つことになりました。

お客さんに知らんこと聞かれたらどうしよう。

そんなことを考えると、商品知識の無さが僕に不安というトラウマを蘇らせました。

 

しかし何事も経験だと思うことにして

仕方なく陶器のことを少しずつ勉強することにしました。

毎日トラックが陶器を山程載せてやってきました。

そこで荷下ろしをして2階の作業場まで運び、新聞やチラシに包まれた陶器を開封して

割れやヒビがないかなどの商品のチェックをするという仕事が毎朝の日課でした。

それが終わると引き出物なんかに使用するために箱詰めして、ラッピングをするという仕事が待っていました。

 

来る日も来る日も重たい陶器を運び、梱包をし、運び、ラッピングをし、運び、接客をする。

そんな毎日を繰り返していたある日のことでした。

 

「大阪の百貨店に欠員が出たから応援に行ってくれ。」

大阪

百貨店?

またもや大阪で、しかも百貨店。

百貨店?

ゾッとしました。

 

接客したりとか苦手なのでなるべくそこから遠い職種を選んだつもりだったのに…。

またもや大阪で、しかも百貨店。

想像しただけで身の毛がよだちました。

 

 

数日後、百貨店の講習会を受けることになりました。

周りを見渡すと、ザ・百貨店のような女性ばかり。みんな強そうで怖くなりました。

そして、マナー講習、接客講習や百貨店の歴史などを叩き込まれました。

 

 

めちゃくちゃ怖そうなおばちゃんが指導教官でした。

「あなたは●●●という会社の人ではなく、●●●百貨店の人間と思われるのだからしっかりしなさい」

と、顔を見るなり言われました。

子供の頃を思い起こすような気分でした。

 

なんとなくこの子はちゃんとしてなさそう。

なんとなくふざけていそう、だから先手を打って釘を刺しておこう。

と、既に目をつけられてしまったのでした。

子供時代の鬼ババ教師のことを思い出しました。

電車を乗り換え梅田まで通う、僕にとっては今まで以上に辛い毎日のスタートでした。

 

出勤して開店前の作業をする、百貨店の店頭に立つ、鬼教官が壁の隙間から僕を監視をしている。

僕とってはそれはそれは、とても窮屈な毎日が始まったのでした。

 

お客さんが押し寄せる。僕の未熟さなんかお構いなく押し寄せる。

 

平日の昼間だっていうのに結構お客さんは来ていました。

不慣れな僕は毎日あたふたしていました。

在庫の場所がわからない、知らない店の知らないことを尋ねられる。

とにかくわからないことだらけでした。

 

百貨店にはいろいろなタイプの人が働いていました。

休憩室や食堂ではそのことを強く思いました。

普段はきらびやかなフロアで笑顔で接客をしているお姉様たちの裏の顔を見てしまったような

そんな気持ちになったりもしました。

 

お客さんも様々な人がいました。

ある時、小綺麗な格好のおばさんが

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「私イギリスに住んでるんだけど今度遊びにおいで」

と英語で書かれた住所を渡されたりもしました。

当然、行ける時間もお金もないのですが

世の中は不思議なことがあるもんだなと思いました。

 

いつの間にか暑い夏から冬になっていました。

百貨店は大晦日も正月も関係なく営業していました。

毎日の休憩時間というのもわずかなものでした。

 

あと何時間ここに居たら帰れる。

 

そんなことばかり考えるようになっていきました。

既に昔が懐かしく感じられるようになってきました。

乗り換え電車の中で行き先が見えない自分を情けなく思いながら

 

WEBしたかったんだよな?

 

そう問いかけました。

試用期間を過ぎてもギリギリの生活水準でした。

朝から晩まで働いてもリボ払いの残高は少しずつしか減りませんでした。

月末から10日にかけては本当にひもじい生活でした。

それでもなんとか返済をやり繰りしました。

 

とりあえず食いつなぐ。

 

頭にはそれしかなく、何がしたいのかさっぱりわからない毎日でした。

時が経つにつれて百貨店の人とも少しずつ仲良くなっていきました。

慣れてくると生活にリズムが生まれてきました。

早朝から夜まで働いている生活にもサイクルが生まれるんですね。

遊びに行く余裕さえ生まれてしまったのです。

お金がないのにも関わらず!

 

 

 

調子がよくなってくると、また財布の紐がほんの少し緩んできました。

 

そんなある日のこと社長が視察に来ました。

営業が終わり次第でミーティングをするということでした。

営業終了後、僕はwebのことを尋ねました。

 

どうなっているんですか?

そして、どういう風にするつもりですか?と。

 

すると、

今考えているからもう少し待つように

と言われました。

 

僕はいつまでも待ちっていればいいんだろう?と思い

 

「では、辞めさせていただきます。」

 

と思わず言ってしまったのでした。

 

ミーティングで爆弾発言をした僕はまだ興奮は収まらず、夜の街を彷徨い歩きました。

生活のリズムが生まれ始めた矢先の出来事でした。

 

再びコースが逸れはじめました。

 

乗り換えにつぐ乗り換え。そして行き先知れず。

 

短期間で負債という重荷から解放されるためには、本当は生活のリズムが生まれてきた時に、安定したリズムで返済をしていれば…

この先、あんな電話もかかってこなかっただろうに。

 

2月のとても寒い夜でした。

 

まだ続く…

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木村
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めぐれるの副編集長してる人。 静岡県浜松市出身、うなぎパイのとこです。 京都に来てはや20年以上。お酒とロックと夏が好き。 自由気侭なフリーランスで2児の父。