そしてカードローン

dropout
 

そしてカードローン借りかえ

前回の続き

「では、辞めさせてもらいます。」

後先考えずに発した自分の言葉は

鋭いナイフとなって自分自身に襲い掛かることとなりました。

程なくして再び職を失うことになりました。

生活のペースを掴みかけた矢先のことでした。

 

再び、無職。

 

またもや求人誌や求人サイトを眺める日々が始まりました。

後先考えずにスタートした転職。

勿論収入は無くあっという間に生活は限界に達しました。

遊びの誘いも断って日々低燃費な生活に努めました。

ようやく小さな印刷会社に滑り込みました

そこでは印刷のブローカーのような仕事と

それらに付随するデザインを仕事としていました。

そして、殆ど誰に会うこともないのにスーツ着用での勤務を義務づけられていたためにスーツを買うこととなってしまったのです。

支払い時に店員さんが

「2着お買いになられたら、10,000円お得にお買い上げ頂けますよ。」

僕は、いや結構です。と断ると、

「春夏、秋冬で2着ある方が何かと便利ですよ。」

と勧められ、気がつくと2着購入してしまいました。

 

またもやカードで…。

 

こうしてスーツ姿での業務がスタートしました。

人生初のスーツ勤務である。

 

 

毎朝朝礼があり、何かしらのスピーチをしなくてはいけませんでした。

ニュースもろくに見ない僕のような人間は何を言っていいのかも分からず

みんな各々で好きな情報手にすればいいのに…、などと勝手なことを思いながら

日々を何とかやり過ごしていました。

 

他にも毎朝の清掃という任務が課せられていました。

会社の周囲3〜4軒隣までを清掃するという作業。

素晴らしい文化であるなとは頭では理解しつつも

何でこんなことせにゃならんのだろう、と心は反発していました。

スーツ勤務も窮屈で集団行動も苦手。

数ヶ月そこそこで結局辞めてしまうことになったのでした。

 

残ったのはスーツとリボ払いの残高。

全く地に足が付いていない、その日暮らしの状態がスタートすることになっていきました。

一度ペースを失うと、人間は容易く負のスパイラルに落ちていくことになるなんて

その頃の僕には全く何もわかってはいなかったのでした。

ただ、毎日の暮らしをどうにかしなくてはいけないという危機感だけは日に日大きくなり
1日の時間をとても長く長く感じさせることとなりました。

じっとしていても家賃の引き落としや水道光熱費、通信費の支払いはやってきました。

その支払いのためだけに生きていること、

それだけがまるで僕の人生のようなそんな感覚に陥っていきました。

 

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その後、友人の紹介でアルバイトをし始めました。

大阪のマンションの一室でパソコンで作業するバイトでした。

そのままその友人の家で寝泊まりして、たまに京都に帰ったり

夜の街で出会った友人らと朝まで過ごしたり

闇夜の奥に居場所を求めたりしていました。

 

友人の家に転がり込んだ、面白おかしい暮らしは

重苦しい現実に束の間の休息を与えてくれました。

しかし、現実は厳しいものでした。

 

ある日、家に戻ると電気が消えていたのでした。

ほとんど家に帰らなくなっていたために

請求書がポストに投函されていたことすら知らなかったのでした。

暗闇の自宅の中で

 

ああ、早くラクになりたい。

 

一向に減らないリボ残高や自分の状況を思い返しながら

以前友人が言っていたことを思い出しました。

 

 

 

借りかえたらええねん。

俺も借りてるで。

 

その言葉が頭の中をぐるぐる回り始めました。

 

気がつくとATMの前に立っていました。

そして、周囲に気を配りながらカードを入れ

暗証番号を入力しました。

 

一旦、迷いながら

 

しかし、ここまで来たのなら

と、もう一度、そっと周りを見渡して

まるで犯罪者のような気分で

融資金額をゆっくりと入力しました。

 

400,000円

 

ついにカードローンに手を出してしまった瞬間でした。

 

続く

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木村
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めぐれるの副編集長してる人。 静岡県浜松市出身、うなぎパイのとこです。 京都に来てはや20年以上。お酒とロックと夏が好き。 自由気侭なフリーランスで2児の父。