京都のお店

dropout
 

前回の続き

 

秋が顔色を伺っているかのようでした。

 

お金がないことで、

お金に対する怒りみたいなものを

感じていました。

 

気がつくと、大阪のデザイン会社を辞めて早くも1年が経過していました。

この目の回りそうな1年の間に様々なことがありました。

 

パソコンから離れた仕事をしようと梅田の百貨店で

教育係のおばちゃんに怯えながら和陶器を販売したり

 

新大阪のマンションの飾り気のない無愛想で無機質な部屋で

夜な夜なメールを配信するというバイトをしたり

 

友人のバンドのアルバムジャケットを製作したり

 

好きな店のイベントのポスターを作ったり

 

サマーソニックの千葉マリンスタジアムでレディオヘッドのアンコールのラストに

サプライズの“Creep”を生で聴いて号泣したり

 

友人たちとアニメーションを作って出品のために横浜まで出かけたり

 

リボ払いのツケを支払うべくカードローンで借金をしたり

 

冠婚葬祭でしか着用したことのないようなスーツを買うために

紳士服の店員に言われるがままリボ払いでまんまと夏用と不要な冬用と2着買って

慣れないスーツに袖を通してデザインの会社で働いたり

 

オー人事♪オー人事♪いう耳障りの良いフレーズの派遣会社のテレビCMの影響で

異業種すぎる運送業の派遣先で細いボーダーのポロシャツを着用するという経験をしたり

 

新たな派遣先で君は編集向きだと断言され、

言われるがまままるで電話帳のような分厚い冊子の制作を一人で黙々と制作するようになったり

 

そして、借金を減らすべくカード会社のキャンペーンに乗っかった挙句

逆にまんまとカード会社の策略に引っ掛かって、無駄に借金を増やしたり

 

夢中で何も考えずに、ただがむしゃらに

遊んで、飲んで、食べて、ライブして、出会って、別れて、笑って、泣いて

 

季節は秋を迎えようとしていたのでした。

 

そして、この目まぐるしい1年の中で、この時より半年少し前に

忘れられない出来事があったのです。

 

 

 

大晦日、夕方を前にしてデパートは閉店し、

閉店後の店内は騒然とし始め、納品口などの裏口は瞬く間に従業員で埋め尽くされ

一斉に新年初売りへの戦闘モードに突入しました。

 

各店の福袋が行列をなしてあらゆる通路から押し寄せ

階段や廊下は瞬く間に埋め尽くされてしまいました。

 

そして僕は重量級福袋の品出しをせっせとこなし

すっかり暗くなった迎春ムードの梅田の街をくぐり抜け

京都に帰ってくると一人で年越しすることに気づきました。

 

寂しい年越しだなぁ。

 

学生時代の頃のつながりが遠ざかっていくのを感じていました。

同級生たちは地元に帰るか東京へ出て行ってしまいました。

 

そんな中で居場所もつながりも移り変わっていったのです。

 

そして社会に出てからはゲームを作っていた友人の誘いで

木屋町のトランジスタラジオというお店が好きでよく通っていました。

そこはとても面白い人たちがひしめき合う、愉快で不思議で、

楽しく面白い大好きな場所で、よく遊びに行っていました。

 

行くあてもない気持ちの時には本当に助けられました。

大袈裟な言い方かもしれないけど、防波堤というか、

僕にとってはそれ以上転落してしまわない為の場所だったのです。

 

それらのお店は行き先の見えない僕に唯一の居場所を与え

お腹や気持ちをその時、その度、満たしてくれました。

いまでも本当に感謝しています。

 

そして大晦日の中、行き交う人達を眺めながら

ゆく年くる年、昔のみんなは何してるのかなぁ。

そう思った時、まだ地元から出てきて初めての年越しの時

友人と年越しそばを食べたあと、京都大学の西部講堂へ

年越しイベントに出かけたことを思い出しました。

 

楽しかったなぁ。

 

そんなことを思いながら京大の前を通ると何やらお祭りのように人が集まっていたのです。

 

あ、何かイベントをしているんだなぁ。

 

そう思うと、なぜか吸い込まれるようにその年越しイベントへ遊びに行ったのです。

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面白い出演者が一杯でした。

 

ライブしたいなぁ。

いいライブを観ると例えその域に到達できなくても

ライブをしたいって思うんですよね。

 

そして会場から出て何か食べようかと、ウロウロしていると

 

『きむらくん!』

 

と声をかけられました。

それが学生時代の思い出の半分を過ごしたと言っても過言でない

『屯風』のマスター、とんぺいさんと運命の再会の瞬間でした。

 

懐かしさと驚きで一杯でした。

 

大阪で働き始めて深夜の帰宅続きの中、もう二度と会えないとまで思っていたのですから。

その驚きと喜びと興奮は今でも忘れられません。

また連絡をくれるということで、連絡先を交換しました。

 

数ヶ月して、連絡がきました。

 

新たな場所でお店を始めるという知らせでした。

まさしく僕は再び学生気分に戻れるかのような浮かれた気分になったのでした。

それからというもの、仕事上がりの遅い時間にもあたたかく迎えてくれる

そんなとんぺいさんのお店へ行けることが心の支えの一つになりました。

 

美味しいご飯と楽しい会話。

 

木屋町で出会う面白い人とはまた違ったいろんな面白い人たち。

京大と芸大関係が多い百万遍という場所で

何か独特の空気が流れているのを肌で感じました。

 

相変わらず僕にはお金はなかったので

受け取った額から家賃と生活費、そして返済をしてわずかに残ったお金を握りしめて

 

今日はこれだけしか持っていないのでキャッシュオンでお願いします。

 

などといった注文の仕方を無理矢理お願いしたりしていました。

 

京都のお店には学生が多い影響か、あたたかくて懐の深いお店があります。

それがここに住み続けている理由の一つでもありました。

そして『屯風』は今でも変わらず最高のお店です。

 

 

そして、秋になったのです。

 

 

お金に怒りを覚え、あとひと月で28歳にもなろうとしている

無様な男の姿がそこにありました。

 

『屯風』にいる時は、いろんな悩みから解き放たれ

僕は気持ちを落ち着かせることができました。

 

その日も今まさにグラスを傾けようとしている時に

一本の電話がかかってきたのです。

(前回の続き)

 

「きむらさんさぁ、デザインしてるじゃない。一回会ってみてほしい人がおんねん。

いま私が働きに行ってるところの社長さんがデザイナーさん探してはんねん。

いま無理やったら別にいいし、またお返事頂戴!!!」

 

そう言ってその子の電話は切れました。

 

一緒にアニメーションを作っていた3人組のうちの一人で

イラストレーターの女の子からでした。

 

今のまま派遣社員を続けるか?

それともようやく慣れてきた場所から飛び出て

また次へと歩むべきか?

 

 

 

その晩は賑やかなお客さんたちの楽しい会話の奥の方で

次の乗り換えのアナウンスが流れていたことには全く気づいていませんでした。

 

 

 

続く

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木村
About 木村 34 Articles
めぐれるの副編集長してる人。 静岡県浜松市出身、うなぎパイのとこです。 京都に来てはや20年以上。お酒とロックと夏が好き。 自由気侭なフリーランスで2児の父。