唯一の財産

dropout
 

前回の続き

お掛けになった電話は、お客様のご都合により、お繋ぎできません。

僕は新車を買ったわけでもいないのに120万円ほどの借金を 、食べる、飲むなどの得体の知れない消費によりきっちり膨らませていました。

それはカタチに残らない“コト消費”と呼ばれる種類のものだと後になって知りました。

今ではコト消費は何かしらのカタチとして残すような習慣というか文化というかわかりませんがSNSがその場所として定着していますし、それをうまいことビジネスにできる人、マネタイズ化できる人もいますが、この時SNSは一般的にはまだ一部の人にしか知られてはいなく、携帯のカメラの画素数も低い時代で日本ではmixiがその年の3月にスタートしたばかりでした。

僕はただ無駄に食っては寝てるだけで消費のための消費を繰り返していました。

それを浪費というそうです。

party

毎日毎晩がパーティーだったらいいなと思っていましたが、そのために何をすべきかと、どういう風にそれを実現していくか、というプランもないまま、ただただ縛られない働き方を目指してはじめた派遣社員もめでたくドロップアウトしてしまいました

そうして、友人の紹介で勤め始めた新しい職場では管理されずに、枠と型にはまらないスタイルの働き方ができると意気揚々としていました。

“インターネットを通じてデザインを売る。”

それだけでワクワクしていました。そして業務がスタートしました。

紹介してくれた友人は既存サイトのリニューアル。

顧客によりわかりやすくサービスへ誘導するプロットの再構築とデザインのリニューアルでした。

僕の業務は、通常の業務として注文のあった顧客のデータチェックを行い、それぞれ決まった時間までに提携業者へデータを渡す作業。

印刷業の窓口業務がルーチンとしてありました。

そしてもう一つは新規のデザイン案件を行うこと。

また、隙間の時間には新規の事業の立案などを行うことでした。

企画会議

そんな訳で、通常業務以外には積極的に取り組むことができましたが、ルーチンワークは決められた時間に決められた業務を正確に行うということで早速苦手意識が出てきました。

朝は比較的遅めの出勤で良かったのですが(勝手にフレックス化しました)それでも時間に追われるというのは相変わらず不得意でしたが、何か新しいことを考えたり、違うことをつくるということは僕には向いているようにも思えました。

また、友人が一緒に働いていることで気持ちが少しラクでした。

代表は歳も近いので色々な話を気軽に聞くことができました。

朝出勤すると、よく薄暗いままのフロアで株価ボードとチャートとを睨めっこしていました。

僕は全く興味がないけれど

「株って儲かるんですか?」

と尋ねるとその頃あった『あるじゃん』とかいう投資などの情報誌を持ち出して嬉しそうにあれこれ説明してくれました。

PERがどうとかPBRがどうとか、四季報がどうとか、円高がどうだとかグリーンスパンがどうだとか…。

chart

全くもって聞いたこともない呪文のような文字列を言われ、ちんぷんかんぷんのまま

「へぇ、すごいっすね。」

とか、適当に相槌を打っていました。

『木村くんも株始めたらええねん。小型株とかから。ライブドアとか。』

「いや、僕お金全くないんで!」

その頃はまるでビットコインバブルのように2005年の日本株上昇に向けて地表の下ではマグマがたまっている時だったのでしたが、僕はそんなことに全く興味がなくただ新しい何かとか面白さや人と違うことを求めていたのでした。

『お金借りてでも今始めるべきやで。』

そんな風な感じで言われました。

あかん、これ以上どこからも借りられへんし、そんな恐怖は味わいたくない。

そう思っていたので、とっさに

「チャンスがあれば。その時チャレンジします。」

そう言ってその場をかわしたのでした。

しかし、実際は全くその通り世の中は動いていったのでした。

2005チャート

2004年の12月頭の日経平均は10,784円程度だったものが、2005年の12月頭には15,130円までに上昇していたのです。少しでも借りて投資をしていたら幾らか借金を減らすことができたかもしれませんでした。しかし、僕の中のわからないルールがそうさせませんでした。

借金は少しずつ返す。

投資なんてバクチと一緒で怖いもの。

それに、借金でがんじがらめでもうお金の事なんて1ミリも考えたくもなく、投資も貯金も一括りでお金という憎悪の対象として属しつつあり、全く興味が持てませんでした。

間違っても素人は手を出したら大火傷してしまう。そう思っていたし、そもそも借金しかありませんでしたから始めようにも始められませんでした。

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お金は当然増えて欲しいと願っていたし、借金は早く無くなって欲しいと願っていました。しかし、お金に対する知識なんて何一つなく、一生懸命働けば誰かが評価してくれていつか増えるという甘い幻想しか持ち合わせていませんでした。お金や金融の事は穢らわしい話、汚い人間が行うような仕事のように映っていたのです。

僕はデザインでいい仕事をしたら自然とお金が入る。と昔から信じていたのでした。

それは、僕に才能がある、ないに関わらず、そういう類の仕事は普遍的に神聖な職業のような幻想を抱いていたからなのでした。

結果的にお金は働いても働いても増えないのでした。

僕の働き方は時間を切り売りしていました。

例えば、飲食や移動、睡眠などの時間を考慮しつつアルバイトを1日に6時間ずつ3つ掛け持ちしたとしてどうなるだろう?とかぼんやり思い描きました。

当然、遊ぶ時間も寝る時間もある程度惜しんで働いてこれが可能になる。

税金など引かれて結局手元に幾らの残るんだろう?


今ざっくり計算すると、

京都市の平成29年10月の最低賃金が856円なので、22日間フルに働いて338,976円。


この選択肢は体力的にも時間的にも僕のようなタイプには現実的ではないように思えました。

同世代や同級生たちは各分野で活躍し始め、世に出始めていました。

僕には何一つ飛び抜けたものがありませんでした。

仕事の結果も、評価も、趣味も、才能も、何一つありませんでした。

あるのは借金と焦りのみ。

どうにかして名誉を回復したい。

そんな風に思っていたのかもしれません。

そして、突然僕の身に何かが起こっても誰にも迷惑がかからないようにしておきたい。

と、前向きなのか後ろ向きなのかわからない思考が頭の中にありました。

その結果の選択肢としての転職でした。

そうして、ベンチャーという夢の中に一つの希望を見出したのでした。

light

何かできるかもしれない。

その期待感が僕の背中を押していたのでした。

財産なんていうものは何一つなく、唯一の財産と呼べそうなものは“友達”でした。

そうして友達に紹介されたこのベンチャーへ面接に行くために散髪に行った時のことでした。

そこの美容師である男友達に

『きむ兄に今度会ってみて欲しい人がおるねん。めちゃ気が合うと思うねんな。』

と、誘いを受けました。

『来てや!おもろいと思うで!』

普段より押しの強い口調だったので

「オッケー!ほなタイミング合えば!」

と言って、しばらくの時が流れ前回の続きになったのでした。

 

「まいど!!きむにぃ今度の土曜、こないだ言ってた飲み会いける?」

「全然大丈夫っす!よろしくっす!」

と返信をしました。

 

そして数日が経過して詳細を聞こうとした朝に気づきました。

あ、携帯止まってる。。。

払込用紙のついた催促はがきを無視していたために、回線停止となっていたのでした。

そこで僕はパソコンからメールを送ることにしました。


2004/11/19, Fri 18:35

木村です。

携帯がストップしておるので

明日の連絡などありましたらこちらへメールください!!


今ではwifiが繋がっていればIP電話やメッセンジャーアプリなどで連絡を取り合うことが出来ますが、その頃はパソコンにへばりついて返信を待っていたのでした。

僕に電話をしてきた人には

「お掛けになった電話は、お客様のご都合により、お繋ぎできません。」

という恥ずかしいアナウンスが流れていたことでしょう。

今でも料金未納時は

「お客様のご都合により、お繋ぎできません。」と各キャリアのアナウンスはあるようです。

ちなみに盗難や紛失で回線停止となっている場合は

「お客様の申出により現在お繋ぎできません。」とか「お客様のご希望により暫くの間止めております。」

というアナウンスになるそうです。

兎にも角にもそうやって、なんとか友人に連絡がついてその会に参加することになったのでした。

携帯が止まっていても連絡してきてくれた友人のおかげでその日を迎えることができました。
普通の土曜日の普通の夜でした。待ち合わせをした場所は家の近所のショッピングセンターの前でした。寒い中、その男友達と最近どう?みたいな普通の話をしながら、これまた家から近い屋台村みたいなところの会場へ移動しました。

屋台

予約席は入り口近くの場所。

人の出入りで風がピューピュー入ってきました。

全員で4人。

完全に頭の中はパーティーモードで整っていたので、緊張してきました。

4人で改まって向かい合いテーブルを囲む。

僕、友人

(テーブル)

友人の友人(女子)、友人の紹介したい女子

ドキドキしてきました。

土曜だってのに周りが妙に静かに感じました。初対面の緊張感からかもしれません。飲むピッチも少し速くなってしまいました。

しばらく喋って飲み食いしたら席替えを促され、ますます緊張を高めてしまいました。

一応連絡先を交換しようという流れになり、番号を教えることになりました。

ごめん!携帯止まってんねん!

月曜には繋がるようになると思う!

さっき払ってきたし。

みたいなと言ってしまいました。

この人いったい?

その当時の僕の中では普通の出来事だったのでごく自然な話の流れだったのですが、ちょっとあかん空気が流れました。やはりどこか感覚がずれていたんだと思います。

わかったことは幕末が好きな女子。

それだけでした。

そうして、あっという間にお開きの時間になりました。

今夜はもう解散という流れになりタクシーに乗り込むところを見送りました。僕はもう一杯だけいつもの店へ求めに行くことにしました。

8年後、この幕末好き女子と迎える一つの結末なんて知る由もありませんでした。

さて、引っ越しするかしないのか?するにしても、しないにしても何れにしてもお金がかかる…。

課題は山積みでした。

続く

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木村
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めぐれるの副編集長してる人。 静岡県浜松市出身、うなぎパイのとこです。 京都に来てはや20年以上。お酒とロックと夏が好き。 自由気侭なフリーランスで2児の父。