【第3回】バンヒロシ、エルトン・ジョンに誘われる / Bambino「お座敷ロック」発売記念バンヒロシさんド短期連載

 

京都のお座敷ロックンローラーバンヒロシさん率いる、Bambinoのニューアルバム「お座敷ロック」が4月11日に全国流通開始です。

それを記念して、バンヒロシさんにアルバムについてのインタビューを伺ったのですが、その後の雑談に登場した話があまりにも面白かったので、ロック都市伝説好きとしては「めっちゃ面白い!広めたい!」というのもあり、バンちゃんファンとしては「この話聞いたら、バンちゃんのこと知らない人もバンちゃんの音楽聞きたくなるんとちゃうかしら?」というのもありで、アルバムのインタビューを掲載する前に伺ったいろいろなアーティストとのふれあいエピソードを紹介していこうかと思います。

 

 

バンヒロシ、エルトン・ジョンにお尻をつねられる

 

バンヒロシ:中学三年の2月にエルトン・ジョンの大阪公演があって。

1974年2月3.4.5.日のどれかです。

大阪厚生年金会館でした。

京都は2月9日にあったんだけど高校受験の日だったので大阪に行ってきました。

T-REXのライブに12月で行って、その後。

当時の僕はグラムロックが好きで、エルトン・ジョンも大好きだったので、コンサートに行ったんです。

 

めぐれる:あの〜、本筋とは関係ないんですけど、エルトン・ジョンってグラムロックだったんですか?

ご機嫌なロックナンバーがあるのも知ってはいるんですけど、90年代後半からはお葬式でピアノの弾き語りでバラードを歌う印象が強すぎて、グラムロックのイメージが湧かないです。

 

バンヒロシ:エルトン・ジョンがグラムロックの人というか、当時はグラムロックが全盛だったのでグラム色の強い音楽やファッションだったというのが正解かも。

もともとラジオから聴いた「イエスイッツミー」が大好きで、なんて素晴らしい曲なんだ!って思ってファンになって。

美メロディとリリカルな歌い方と声。

初めてレコードジャケット見たら貴公子のようなジェントルマン…

 

 

まさかそちら系とは知らなかったんです。今だから大丈夫ですけど、当時そんな事は一切日本には流出してないしトップシークレットだったと思います。

でもかっこいいなとレコード屋さんに貰ったポスターをわざわざパネルにして飾ってました。

シリアスな曲と盛り上がるロックンロールをバランス良く配列したロックコンサートでしたね。

今で言うと槇原敬之が自分のオリジナルをやった後にストーンズカヴァーメドレーで盛り上がるみたいな…

今は美川憲一になってますけども。

 

来日時はこんな感じ

 

めぐれる:貴公子だったのか〜。

ドナルドダックの衣装で歌う太ったおっちゃんと思ってたら、お葬式でバラードを熱唱するようになったっていう印象しかなかったなあ。

 

Banbino バンヒロシ

2018/3/18 拾得でのレコ発ライブ 中央がバンヒロシさん、左サックスの伊藤誠さん

 

バンヒロシ:エルトン・ジョンのコンサートはめちゃくちゃ良くて。

それはそれは最高だったので、楽屋から出てくるのを待ってたんです。

 

めぐれる:またもや、出待ちした訳ですね。(過去の記事を読むユーミンマーク・ボラン

 

バンヒロシ:そしたら、楽屋から出てきたエルトン・ジョンにお尻を握られて「カモンボーイ」って言われて、ホテルにおいでって言われた。

 

めぐれる:すごい!エルトン・ジョンに誘われてる!

お尻をつねられたってことですよね?

 

バンヒロシ:つねられるというよりお尻をニギニギされる感じですね。

「ノー!」って断ったんですけどね。

なので、実は僕はエルトン・ジョンにケツを触られた男です。

 

めぐれる:断ったんですね。

初デートはユーミンで、操を捧げたのはエルトン・ジョンなのかと一瞬思ってしまいました。

すみません。

 

バンヒロシ:もし誘いに乗ってたらまったく違う人生を歩んでたんやろね…。笑

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(写真:渡辺宏紀)


バンヒロシTwitter


Bambinoニューアルバム「お座敷ロック」

お座敷ロック バンヒロシ bambino バンビーノ
BAMBIPHONE RECORDS BFRB-14 定価2200円(税抜)

バンヒロシ還暦祝いアルバム・Bambino「お座敷ロック」が4月11日に全国発売と相成りました。

ヒロシ還暦!

スウィートお座敷ロックンローラー、バンヒロシ率いるBambinoの新作アルバムが完成した。

敷居は低く、志は高く!その意思を込めたタイトル曲「お座敷ロック」、バンヒロシが19歳の時に結成したバンド・アップルドールズのデビュー曲「あの娘に投げKISS」と 2003年にセクシー歌謡ユニット・ラブハンター熱い肌に提供した「赤いブルースの女」のセルフカヴァー、バンビフォンレコードの秘蔵っ子・Sayoko-daisyとのコラボ曲「シング・ ア ・ソング」、Bambinoの新境地とも言える「生命のうた」「ジェレミー」と、捨て曲ナシ・名曲揃いのアルバムである。

昭和歌謡のアナログ感と平成ダンスビートのデジタル感をミックスした多幸感溢れるサウンドはますます進化し、次の時代をも予感させる極上のポップス幕の内弁当だ!

 

Bambino バイオグラフィー

2000年
<bambino>結成。
ゲリラ的ライブを行う。
2001年
4曲入アナログ盤『il bambino ed Rock』をlove time recordsよりリリース。各方面より絶大な評価をうける。
2002年2月
『バンちゃんとロック』レディメイド524レコードより復刻。
2002年4月
『SMASH HITSのスチャラカ・デイズ』CD
2002年5月
『il bambino ed Rock』CD『スマッシュ天国』CD『Smash Hitsのスチャラカ・デイズ』CDをlove time recordsよりリリース。
2003年
勢力的に全国ツアーを展開。
2004年1月
『恋がバンバン』7inchリリース。
2004年6月
『happy set』bambinoファーストアルバムCDリリース。
2008年11月
『ロックンロール・スキヤキ・スウィンドル』bambinoセカンドアルバムCDリリース。
2012年3月
『BAMBINO EP』 をリリース。
2015年3月
アルバム『ウィズ ポップ』 をリリース。

2018年4月

アルバム『お座敷ロック』をリリース

 

バンヒロシ バイオグラフィー

1976年
京都のインディーズレーベルより<appledolls>として『あの娘になげkiss』でレコードデビュー
1978年
京都にてbar 『万歳倶楽部』創業。
坂本龍一、アナーキー、陣内孝則、ジョニー大倉、町田町蔵(康)、藤山直美等と交流を深める。店に集まった仲間と歌謡ロカビリーバンド<Smash Hits>を結成。
1979年
月刊宝島にて「京都てなもん屋通信」を執筆。
<Smash Hits>DIAMOND HEADSRECORDINGよりヴィーナスの弟分として『テル・ミー/恋のハリキリ・ボーイ』でデビュー、これより3年間東名阪でライブ決行。小林旭、近田春夫、東京ブラボー、スクーターズ、有頂天、少年ナイフ、キングトーンズ等と共演を果たした。TV「タモリ倶楽部」「おーわらナイト」にも出演、マニアックなファンに圧倒的に支持される。
1984年
名盤『バンちゃんとロック』発売。FM大阪にて「僕のかってでショー」オンエアー。
当時ピチカートファイブだった小西康陽とのDJバトルやゼルダのサヨコとの音楽談義等でますますマニアックなファンを増やす。
1987年
京都でクラブパーティー「ア・ラ・モードコレクション」を展開。ピチカートファイブ、東京スカパラダイスオーケストラ、東京パノラママンボボーイズ、山口冨士夫 、アナーキー、ファントムギフト、近田春夫とビブラストーン、ランキンタクシー、大貫憲章等を呼んでのパーティーをオーガナイズ。京都の80年代のサブカルチャーの黒幕として名を馳せる。
1999年
アコースティックでのライブ活動開始。
2000年
またDJとしてミクスチャーパーティー「クラブエデン」をオーガナイズする。

2010年
安藤明子「オレンジ色のスカート」プロデュース
2011年より自身の名を冠した音楽バラエティ授業 バンヒロシ大学を設立する。
以後 Bambinoの他DJ、イベントオーガナイズ、弾き語り、司会と多機能に活動している。

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