初デート

dropout
 

前回の続き

デートは計画的に

あれから、はやくも1年が経過しようとしていました。

幕末好き女子を見送って、いつものお店で飲んで、一夜明けて、なんでもない日曜日が通り過ぎて行きました。

 

kyoto

 

新しい仕事が始まった。

新しい出会いがたくさん。

 

なんかのキャッチコピーみたいな期待感だけのフレーズで飯が食えるような気分にもなっていました。しかし、実際の僕はといえば机とモニターと場所を変えただけで何一つ自分の中で変わろうという努力をした形跡は見当たりませんでした。

 

何か新しいことができそうだ。

何か新しいことがはじめられそうだ。

何か新しいものがつくれそうだ。

何か新しいものが売れそうだ。

 

ベンチャーといえば聞こえがよく、起業家といえば響きがいい。僕は無知のまま、そのような世界の片隅に片足を突っ込んでいるだけで、何かアクションを起こしているような高揚感を覚えるという錯覚を起こしていました。そこの代表は

『新しいアイデアが産まれたらチャレンジしてみて。一人でスタートしてもいいし、ここで取り組んでもいい。木村君は新しい事だけで収入がなかったとしてもここがベースとしてあるから、普通のスタートアップよりリスクは少ないで。場合によっては資金提供もするで。』

と、そんな風に言ってくれていました。僕は『インターネット上でデザインを必要とする人に簡単に提供できるサービス』というものを漠然とだけイメージをしていました。ネットだけで完結していて、好きなデザインを好きな価格帯から選べる。そんなサービスがあれば便利だろうなと、そんな風に。

idea

しかし具体的に何をどうやって始めたらいいのか、全くわからないまま時間だけは過ぎ去って行きました。

わからないなりに調べるとか、尋ねるとか、そういうことすらしませんでした。取らぬ狸の皮算用をするだけでもマシなくらいでした。

描いた夢を他人が全てうまいことまとめてくれて新規サービス(事業)の計画書を作成してくれる。その魔法の地図を頼りに、好きなことデザインだけやったら自然と上手くいってお金もだんだん入ってくる。

そんな風に思っていたのでした。日々の業務は単純作業のようなところがあり、とても苦手でした。でも、そういう時間が終わるとブレストするような機会が増えていきました。そうやって少しずつ妄想力がついていき、遂には妄想の住人になって(転職して)約2か月が経過しました。僕の中では、デザインという力点とネットという支点で何か作用点が生まれないかという妄想がテーマとなっていました。そして、京都在住という地の利を活かしたサービスを妄想しました。

omamori

お守りを代行で購入する『お守り.com』とか『バーチャル参拝』システムとか『参拝代行』、『ご祈祷代行』とか、おまけとして、参拝記念の写真を送るとか千社札ステッカーを配るとか売るとか、『オリジナルお守りの依頼を受け付けます!』とか…。年末だからかそんな妄想ばかり浮かんでは消え、もう新しい年は目の前に差し掛かっていました。

夢や妄想だけは一丁前にあっても『PL(損益計算書)・BS(貸借対照表)『損益分岐点』という単語すら聞いたこともなく

当然、『限界利益』『限界利益率』も何もかもわかってはいないので、どうやったら利益が生みだせるかということに全く無頓着だった僕の思考は

  • こんなお店がしたいというイメージはある。
  • ある程度お客さんにサービスできる自信はある。
  • こんなサービスなら売れそうだ。
  • もし売れたらもっと仕入れてもっと売ったらいい!
  • だから大量に仕入れて大量に売ったらめっちゃ儲かる!

というような具合で大変に単純なもので、よくあるマニュアルの失敗例に出てきそうな感じでした。

dream

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だから、

  • 借金120万円を一気に返せるようなうまい商売がしたい!
  • ラクで早くお金が儲かるサービスがしたい!

そんな風にしか考えておらず、利益を生み出す術やそれを残して継続できるサービスを作る事などなど全くもって考えてはいなかったのでした。こうして、具体的なところは全く詰めず妄想話だけを展開して、具体的なキャッシュフローはどうするのか?とかそういう問いかけに対しては

頑張ったらうまくいくと思う。

と、根拠のない返答しかできなかったのでした。

岐路

 

プライベートでは、あと2か月で今の家を出て行くか、それともどこかへ引越しするのか?選択はもう目の前まで近づいていました。

そんな時期に浮かれた脳みその僕は、以前から名前や外観などのその全てが気になっている『上海バンド』という店へ、幕末好き女子を『気になるお店があるから行こう。』と食事に誘うことにしました。そして何回かのメールのやり取りの後、ようやく誘い出すことに成功したのでした。

しかし、当日事件は起きました。

友人Aがアポなしで僕の家へ突然やってきたのでした。

『ええ感じの漬物作れてん!』

そうやって、僕の家の冷蔵庫から勝手に取り出しグイグイとやり始めたのでした。自由な男でした。彼は自らの最近の出来事についての散々掘削作業を行い、到達点に達すると思う存分ガス抜きをしました。一通りの工事が完了すると漸く人の話を聞く耳を持ち始めたのでした。

nuts

そしてナッツなどをかじりながら

『え?木村さんこのあと予定あるんかいな?』

「最初から言ってるやん、こないだ初めて会った幕末好き女子を誘ってんねん。」

『ほなちょっとだけ帰り道に寄って行こうかな?』

「なんでやねん」

『ちらっと帰り道に顔見るだけやん』

「帰り道ってどういうこと?」

『今から行って、うちに帰る途中でそこに寄っていって、その子が来た時に僕は店出たらちょうどええやん』

「え?どういうこと」

謎のやり取りが繰り返されました。

drink

結局彼は、幕末好き女子との待ち合わせ時間以前にその中華屋で飲むこととなったのでした。そして、いい感じに出来上がったしまった頃に、仕事上がりの幕末好き女子さんから連絡が来ました。そうして待ち合わせ場所まで迎えに行った時に

「ごめん、急に友達がやってきて」

とかなんとか言って取り繕うだけで精一杯でした。そんな感じでなぜか3人で食事をすることになりました。ここの飯はすごく美味しかったです。そして、若くてお店を営んでるその中華屋のマスターはカッコよく見えたのでした。しかし、会話はいま一つ膨らみませんでした。それはそうです。

得体の知れない人物が一人参加しているのですから。カウンターに3人横並びで、誰がどこに向かって誰と喋っているのか分からない状態。

あぁ、ダメだこりゃ。と思ったその時、着信がありました。

『木村くん、今どこおるの?』

バンドのベーシストからでした。事情を説明していくと、

『トラジか屯風か思うたわ。ほな、そっち行くわ』

え?

こっちくる。

この日に限って、唯一の財産である友人が確率変動を起こし続けていきました。

結局、幕末好き女子さんとのデートはよく分からない集まりと化し、

無茶苦茶なまま夜明けを迎えたのでした。

続く

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木村
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めぐれるの副編集長してる人。 静岡県浜松市出身、うなぎパイのとこです。 京都に来てはや20年以上。お酒とロックと夏が好き。 自由気侭なフリーランスで2児の父。