【第4回】バンヒロシ、デヴィッド・ボウイと踊る / Bambino「お座敷ロック」発売記念バンヒロシさんド短期連載

 

京都のお座敷ロックンローラーバンヒロシさん率いる、Bambinoのニューアルバム「お座敷ロック」が4月11日に全国流通開始です。

それを記念して、バンヒロシさんにアルバムについてのインタビューを伺ったのですが、その後の雑談に登場した話があまりにも面白かったので、ロック都市伝説好きとしては「めっちゃ面白い!広めたい!」というのもあり、バンちゃんファンとしては「この話聞いたら、バンちゃんのこと知らない人もバンちゃんの音楽聞きたくなるんとちゃうかしら?」というのもありで、アルバムのインタビューを掲載する前に伺ったいろいろなアーティストとのふれあいエピソードを紹介していこうかと思います。

 

 

バンヒロシ、京都のディスコでデヴィッド・ボウイとダンスする

 

バンヒロシ:ちょっと大人になってからの話なんやけど。

21歳くらいの頃かなぁ?

京都にデヴィッド・ボウイが住んでるって、噂になった時があって。

 

めぐれる:あ〜、聞いたことありますね。

京都の酒造会社のCMに出演して、ギャラに別荘もらったみたいな都市伝説。笑

 

 

バンヒロシ:当時月刊宝島で、「京都てなもんや通信」っていう京都の路地で起こってるちっちゃな話しを全国に発信してた関係で、ポパイや平凡パンチ出してたマガジンハウスから京都の事情通としてボウイの家を探して欲しいって言う仕事オファーもらいました。

で、調べて見つけたんですけど。

 

めぐれる:私が収集した都市伝説では、京都の東山五条の坂を越えたあたりっていうことになってます。

 

バンヒロシ:蹴上の九条山に家があって表札の名前がデビッド木戸だったんで、ここや〜ってずっと信じてたんやけど、昨年事実が判明してデビッド木戸さんは、別人で実在していたという…笑

 

めぐれる:あ、違う方のお家だったんですね。

 

バンヒロシ:でもあながち間違いではなく、デビッド木戸さんとデビッドボウイは友達で京都に滞在している時はホテルはとらずその家に居たのが真相でした。

実際、京都に住みたかったらしくて探していたみたいです。

ボウイがこんな家があったら買うと言う条件を探したらお寺しか無かったらしいんですけどね

 

めぐれる:なるほど。

ボウイは木戸さんのお家に滞在して、京都の街をエンジョイしていたんですね。

 

バンヒロシ:そうそう。

河原町三条のクラブモダーンっていうディスコにいるでって友達が教えてくれたんで、行ってみたら、10人ぐらいの取り巻きがデヴィッド・ボウイを囲んでお酒を飲んでいたので、僕も中に入って一緒に乾杯して。

 

めぐれる:さすがバンちゃん。

普通はデヴィッド・ボウイをディスコで見かけても、遠巻きに見てるだけですよ。

 

2018/3/18 拾得でのレコ発ライブ

 

バンヒロシ:で、デヴィッド・ボウイがどんな曲で踊るのかが気になるから隣に座って観察してた。

 

めぐれる:それは私も気になる!一体何の曲で踊るんでしょうか?

 

バンヒロシ:マイシャローナが流れて。

 

めぐれる:ああ、ナックの!一発屋ですけど、この曲は不朽の名曲ですよね。

 

 

バンヒロシ:踊るかな〜と思って横目で見たら…

 

めぐれる:どうでした?

 

バンヒロシ:踊らない。

 

めぐれる:ああ、踊らないのか…

 

バンヒロシ:その次にブロンディーのハート・オブ・グラスが流れて。

 

めぐれる:はいはい。

プラチナブロンドの女性ボーカルデボラ・ハリーのいるバンドですね。

 

 

バンヒロシ:当時めちゃくちゃ流行っていた曲だったんだけど、やっぱりそれでも踊らない。

 

めぐれる:デヴィッド・ボウイは一体何の曲で踊るんや!

 

バンヒロシ:その後にポリスのメッセージ・イン・ア・ボトルが流れて。

デヴィッド・ボウイを見たら、体を揺らしていた。

 

 

めぐれる:まさかのポリス!

スティングの歌声で、デヴィッド・ボウイは体を揺らすんですね!!

 

バンヒロシ:立ち上がって踊るかな〜と思って見てたんだけど、踊りたそうなそぶりをしているような感じはあるんだけど、なかなか踊らない。

 

めぐれる:うむむ、デヴィッド・ボウイ、じらしてきますね。

 

バンヒロシ:で、一緒に踊ろうって声をかけたいんだけど、英語がわからない。

今なら「ダンスウィズミー」とか言えるんだけど。

 

めぐれる:「シャルウィーダンス」とかね。

 

バンヒロシ:何て言ったら「一緒に踊りましょう」っていう英語になるんだろうってあれこれ考えて、ふと浮かんだ言葉が「レッツダンス」。

デヴィッド・ボウイの手をひっぱって「レッツダンス」って声をかけて一緒に踊ったんです。

 

めぐれる:ええ〜!!当時はデヴィッド・ボウイの名曲「レッツダンス」はもうリリースされていたんですか?

 

バンヒロシ:いや、まだその時は出てなかった。

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めぐれる:ということは、「レッツダンス」の元ネタはバンちゃんなんじゃないですか!?

 

バンヒロシ:去年デヴィッド・ボウイ写真展のトークショーに出た時にこの話をしたら、新聞に「レッツダンスは京都発」っていう記事が掲載されました。

 

 

めぐれる:さもありなんですよね。

 

バンヒロシ:クボケンジさんに話を聞いてもらったんですが「あり得る」って言ってくれました。

アジアの少年が言った言葉にインスパイアされた可能性もあるんじゃないかって。

真相は、亡くなってしまったのでわからないんですけど。笑

(写真:渡辺宏紀)


バンヒロシTwitter


Bambinoニューアルバム「お座敷ロック」

お座敷ロック バンヒロシ bambino バンビーノ
BAMBIPHONE RECORDS BFRB-14 定価2200円(税抜)

バンヒロシ還暦祝いアルバム・Bambino「お座敷ロック」が4月11日に全国発売と相成りました。

ヒロシ還暦!

スウィートお座敷ロックンローラー、バンヒロシ率いるBambinoの新作アルバムが完成した。

敷居は低く、志は高く!その意思を込めたタイトル曲「お座敷ロック」、バンヒロシが19歳の時に結成したバンド・アップルドールズのデビュー曲「あの娘に投げKISS」と 2003年にセクシー歌謡ユニット・ラブハンター熱い肌に提供した「赤いブルースの女」のセルフカヴァー、バンビフォンレコードの秘蔵っ子・Sayoko-daisyとのコラボ曲「シング・ ア ・ソング」、Bambinoの新境地とも言える「生命のうた」「ジェレミー」と、捨て曲ナシ・名曲揃いのアルバムである。

昭和歌謡のアナログ感と平成ダンスビートのデジタル感をミックスした多幸感溢れるサウンドはますます進化し、次の時代をも予感させる極上のポップス幕の内弁当だ!

 

Bambino バイオグラフィー

2000年
<bambino>結成。
ゲリラ的ライブを行う。
2001年
4曲入アナログ盤『il bambino ed Rock』をlove time recordsよりリリース。各方面より絶大な評価をうける。
2002年2月
『バンちゃんとロック』レディメイド524レコードより復刻。
2002年4月
『SMASH HITSのスチャラカ・デイズ』CD
2002年5月
『il bambino ed Rock』CD『スマッシュ天国』CD『Smash Hitsのスチャラカ・デイズ』CDをlove time recordsよりリリース。
2003年
勢力的に全国ツアーを展開。
2004年1月
『恋がバンバン』7inchリリース。
2004年6月
『happy set』bambinoファーストアルバムCDリリース。
2008年11月
『ロックンロール・スキヤキ・スウィンドル』bambinoセカンドアルバムCDリリース。
2012年3月
『BAMBINO EP』 をリリース。
2015年3月
アルバム『ウィズ ポップ』 をリリース。

2018年4月

アルバム『お座敷ロック』をリリース

 

バンヒロシ バイオグラフィー

1976年
京都のインディーズレーベルより<appledolls>として『あの娘になげkiss』でレコードデビュー
1978年
京都にてbar 『万歳倶楽部』創業。
坂本龍一、アナーキー、陣内孝則、ジョニー大倉、町田町蔵(康)、藤山直美等と交流を深める。店に集まった仲間と歌謡ロカビリーバンド<Smash Hits>を結成。
1979年
月刊宝島にて「京都てなもん屋通信」を執筆。
<Smash Hits>DIAMOND HEADSRECORDINGよりヴィーナスの弟分として『テル・ミー/恋のハリキリ・ボーイ』でデビュー、これより3年間東名阪でライブ決行。小林旭、近田春夫、東京ブラボー、スクーターズ、有頂天、少年ナイフ、キングトーンズ等と共演を果たした。TV「タモリ倶楽部」「おーわらナイト」にも出演、マニアックなファンに圧倒的に支持される。
1984年
名盤『バンちゃんとロック』発売。FM大阪にて「僕のかってでショー」オンエアー。
当時ピチカートファイブだった小西康陽とのDJバトルやゼルダのサヨコとの音楽談義等でますますマニアックなファンを増やす。
1987年
京都でクラブパーティー「ア・ラ・モードコレクション」を展開。ピチカートファイブ、東京スカパラダイスオーケストラ、東京パノラママンボボーイズ、山口冨士夫 、アナーキー、ファントムギフト、近田春夫とビブラストーン、ランキンタクシー、大貫憲章等を呼んでのパーティーをオーガナイズ。京都の80年代のサブカルチャーの黒幕として名を馳せる。
1999年
アコースティックでのライブ活動開始。
2000年
またDJとしてミクスチャーパーティー「クラブエデン」をオーガナイズする。

2010年
安藤明子「オレンジ色のスカート」プロデュース
2011年より自身の名を冠した音楽バラエティ授業 バンヒロシ大学を設立する。
以後 Bambinoの他DJ、イベントオーガナイズ、弾き語り、司会と多機能に活動している。

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