Banbinoニューアルバム「お座敷ロック」発売記念 バンヒロシインタビュー

 

京都が誇るデジタルロカビリーの雄、バンヒロシさんが60歳になるんですって。

還暦になってもロックをロールしてるんですって。

ロックや音楽を若い時代特有の一過性の熱病だと思っていませんか?

Bambino結成から18年。

20代にメジャーデビューした時からはや40年。

ずっとバンちゃんのそばには音楽がありました。

そして遂に今までの最高傑作「お座敷ロック」が完成!

ここぞとばかりに、アルバムにまつわるお話をいろいろ伺ってまいりました。

 

 


「生命のうた」を、同じように悩んでいる人とかに聴いてもらって、元気出してもらえたら歌も本望じゃないかと思います。

 

めぐれる:「お座敷ロック」めちゃくちゃ良いですね。

前作の「with pop」が2015年6月リリースだったので、約3年。

その間にメンバーの中島さんが亡くなられるという不幸があって。

それが楽曲にも強く反映されている印象を持ちました。

アルバムリリースまでの過程を聞かせていただいて良いでしょうか?

 

「with pop」リード曲「あたしゃロックン」MV。めぐれる清水も撮影参加してます

 

バンヒロシ:構想は2年半くらい前にそろそろCDつくろうぜって、まとまってたんだけど、その時にはコンセプトはまだ決まってなくて。
当時は今までライブでやってた曲を録り溜めして、それをアルバムにしようと思ってたんです。

 

めぐれる:はい。

 

バンヒロシ:2016年に「ジェレミー」という曲が、京まちなか映画祭の2016年のテーマソングになりました。

これはレコーディングして、ライブ会場や限られたお店で、マキシシングルとして発売しました。

 

めぐれる:「京まちなか映画祭」は、新京極商店街の理事長だった井上さんが総指揮を勤めた映画祭で、フリーペーパーめぐれるの2016年秋号で特集を組ませていただいたり、共同主催で元立誠小学校で若手映像作家のトークショーを開催したりしました。

 

バンヒロシ:「ジェレミー」をリリースした後に井上さんが亡くなって、井上さんのことを思って作った訳ではないのですが、今は歌うと思い出します。

歌が変わって行くのも自然に良いかなと。

 

 

めぐれる:はい。

 

バンヒロシ:その矢先に、ベースの中島さんが癌と告知されて。

それが2017年の5月。

中島さんは必ず帰ってくると信じていたので、「生命のうた」という曲を作ったんです。

焦らんでもいいでていう曲を作って、戻ってくるのを待とうと。

ただ中島さんは、曲が完成する前の9月に亡くなってしまった。

 

めぐれる:間に合わなかったんですね…

 

バンヒロシ:これは必ず完成させて仏前に備えようと。

その時は歌詞を棺に入れてもらって一緒に燃やしてもらった。

 

めぐれる:中島さんがいなくなって、今作のアルバムのベースはどなたが演奏されているのでしょうか?

 

バンヒロシ:癌とわかる直前に、中島さんが家族旅行でタイに行くからって、大宮グッドフェスティバルに出演できなくなってしまって、大宮グッドフェスティバルで使うためにベースを録音してくれていたんです。

アルバムにはその音源を使っています。

中島さんのベースが録音されていなかった曲は、ギターのらっちゃんが演奏してくれました。

 

めぐれる:Banbinoのオリジナルメンバーで録音されたんですね。

 

バンヒロシ:元気出してもらおうと思って作ったから、「生命のうた」を、同じように悩んでいる人とかに聴いてもらって、元気出してもらえたら歌も本望じゃないかと思います。

こうなったら売れる売れへんじゃなくって、心に残る歌をどんだけ歌えるかっていうところ。

 

バンヒロシさんのご自宅のそばにある元祇園 梛神社にて撮影


お座敷ロックンロールは、敷居は低く、志は高くという意味。

 

めぐれる:「ジェレミー」「生命のうた」どちらも、Banbinoの新境地という感じがします。

センチメンタルでリリカルでノスタルジック。

20代の人が同じ主題で曲を書いたら多分薄っぺらいんじゃないかしら?

今のバンちゃんが唄うからこそ、説得力があるというか、深みがあるというか。

 

バンヒロシ:こういう話は、今までの僕は出してこなかったんです。

Banbinoのバンドカラーは、ハッピーっていうイメージだから。

 

めぐれる:前作までは、ボーカルの両サイドに女性のダンサーがいて、唄って踊ってまるでミュージカルを見ているようなライブでしたよね。

 

バンヒロシ:今までは楽しいイメージでアルバムを作ってきたけど、メンバーの中島さんが亡くなってしまって、親友の井上さんも亡くなってしまって。

ダンサーのEVEちゃんも長期休暇中だし。

今やりたい音楽、今伝えたいものが何かっていうのを考えたら、自然とうたものにシフトした。

「お座敷ロック」は今までの楽しいBanbinoも、もちろんあるけど、今までBanbinoがやってこなかった新しい扉を開けてると思っています。

 

めぐれる:はい。

 

バンヒロシ:新しいアルバムができたときに、京都新聞が取材をしてくれたんです。

そこで中島くんの話をしたら、友情物語が心にひびいたみたいで。

それを売りにするっていうんじゃなくて、少しでも中島くんがこういうことをした人やっていうのを残したくて、掲載してもらった。

 

めぐれる:歌や演奏は形がないから、アルバムとして発売したり、新聞に文字で掲載してもらったりするのは、その人が生きた証みたいな気がします。

 

バンヒロシ:お座敷ロックが中島さんと作った最後の曲です。

コンセプトとしてアルバムタイトルをどうしようと思った時に、僕のポリシーのお座敷ロックンロールで行こうと。

敷居は低く、志は高くという意味。

敷居は低いから、呼んでもらえたらどこでも僕のお座敷になるという。

東京ドームでも飲み屋でも俺のお座敷。

 

めぐれる:いいですね。

 

バンヒロシ:決してストリートミュージシャンじゃないっていう区分けの線でもある。

音楽やるって、金の問題じゃなくて、場所がどこだったとしてもそこで最高のパフォーマンスをしたらいいんで、こだわりはないんですけど、ストリートミュージシャンでコピーしてる人たちとは一緒じゃない。

 

めぐれる:お座敷でロックするということは、きちんと舞台が用意されていて、そこにいるお客さんに向けて音楽をしているということですもんね。

 

バンヒロシ:あとお座敷って京都的。

 

めぐれる:ですね。

 


Banbinoは働きながらロックして、サヨコデイジーも主婦をしながらロックする。仲間としてリスペクトしてる。

 

めぐれる:他の楽曲も何かエピソードなど教えていただければ。

 

バンヒロシ:9曲目の「あの娘に投げKISS」」は、16歳のときに作った曲で、当時やっていた「アップルドールズ」っていうバンドで1978年に一度リリースしています。

10代の頃の曲を、40年経って還暦の僕が歌うっていう。

ある時期まで、ずっと隠してたっていうか、封印してたんですけどね。

今聴いても照れ臭いというか、青臭いと思ってるんですけど、いろんな人に聴いてもらったら、みんなどっちもいいよって言ってくれました。

 

めぐれる:聴きどころですね。

過去の音源と聴き比べてみたいです。

 

バンヒロシ:実は「アップルドールズ」のアルバムの再発予定があるんです。

発表を楽しみにしていてください。

 

めぐれる:はい!

 

バンヒロシ:今回は初コラボで、サヨコデイジーさんが作曲して僕が歌詞をつけた「シング・ア・ソング」。

元はサヨコデイジーに頼まれて歌詞をつけたんですけど、仕上がったらよかったので、バンビーノでもやりました。

 

めぐれる:提供した曲をカバーしているんですね。

 

バンヒロシ:節回しをかえたり、アレンジを考えたりするのは、すごい新鮮で楽しかったです。

僕は5年ほど音楽活動をしていなかった時期があったんです。

サヨコデイジーさんもいっぺん音楽をやめたんやけど、やっぱりあきらめきれずに三重県で主婦をしながら音楽を再開した。

Banbinoは働きながらロックして、彼女も主婦をしながらロックする。

すごい仲間としてリスペクトしてる。

 

 


ジャケットワークをお願いした岡田崇さんには、「誰も真似してない色使いで自由にお願いします」って伝えた

 

めぐれる:アルバムはどのように製作されたんですか?

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バンヒロシ:以前からBanbinoの専用スタジオは、ギターのらっちゃんのお家スタジオ。

基本的にはメンバーだけで演奏しています。

「生命のうた」に関しては、中島さんに繋がりのある人に来てもらってコーラスで参加してもらいました。

生前の中島くんが残してくれたベースの音源はそのまま使って、音源がないものはギターのらっちゃんがベースを弾いてます。

以前Banbinoにダンサーとして加入していた、EVEちゃん、Shammyちゃん、別バンドを一緒にやっていた宇田珠樹くんに来てもらった。

 

めぐれる:なるほど

 

バンヒロシ:リミックスはグルーヴあんちゃんに頼みました。

音源を全部投げて、グルーヴあんちゃんにミックスをしなおしてもらった。

やりとりはメールとかデータでやってて、ハイテクかと思いきや、最後の仕上がった現物は京橋まで電車で取りに行った。

 

めぐれる:ハイテクなんだかローテクなんだか。笑

 

バンヒロシ:ジャケットワークは岡田崇さんに頼んだんです。

 

めぐれる:細野晴臣さんと一緒にラジオ「Daisy Holiday!」をやられてた方ですよね。

 

バンヒロシ:以前からアルバムジャケットは岡田さんに頼もうと決めていた。

岡田さんとは運命的なことがあって。

 

めぐれる:はい

 

バンヒロシ:2013年にビーチボーイズが来日して、大阪公演に行って帰りにパンフレットを買おうと思ったら、朝から来た人が買ってしまっていて既に売り切れていた。
翌日の名古屋公演は買ってやろうろと思って、朝の9時に到着して、15時の物販まで6時間並んだのに、あと3人というところで売り切れてしまった。

 

めぐれる:あらまあ

 

バンヒロシ:ガーンとなって。

 

めぐれる:ガーンとなりますよねえ。

 

バンヒロシ:なんと、ビーチボーイズなのに300冊しかパンフレットを作ってなかったらしい。

二度と観られないのに。

前のアルバム「with pop」でその悔しさを曲にしようと、ビーチボーイズの「ダーリン」を日本語でカバーしました。

先にデモテープを作って、アルバムをリリースするちょっと前に、安田謙一さんと一緒に高円寺の円盤で開催した「バンヒロシ大学」でデモテープ試聴会をやった時に、パンフレットのエピソードも話したんですけど、終わってから「そんなに悔しかったんですか?ビーチボーイズのパンフレットがなくて」って聞いてきた人がいたので、「はい」ってこたえたら「僕2冊あるんであげます」って言ってもらえて。

 

めぐれる:おお!

 

バンヒロシ:そのパンフレットを譲ってくれたのが、岡田崇さんだった。

パンフレットを読んだら、編集してたのが岡田崇さんでした。

 

めぐれる:確かに運命的ですね。

 

バンヒロシ:岡田崇さんは大瀧詠一さんや細野晴臣さんのアルバムジャケットも手がけておられる方なので、どんなん描きましょうかねって言われてエキゾチックなジャポネスクとかを頼んだら細野さんみたいになるので「誰も真似してない色使いで自由にお願いします」って伝えたら、わからないって言われたので「舞妓はんと竹と鹿を使ってください」って。

 

めぐれる:お題を預けた感じですね。

 

バンヒロシ:仕上がって来たのを見たら、謎解きのような暗示的な、唯一無二の感じのジャケットにしてくれていました。

ジャケットみたら、どんなバンドや?って聴きたくなるような。

 

めぐれる:素敵。

 

バンヒロシ:アートワークは森本書店さん。

すごい凝った方で、こんなとこ誰も見ないやろ!みたいなところまで柄が入ってたり。

コメントは、クレイジーケンバンドの横山剣さんや、安田謙一さん、コモエスタ八重樫さんとか、いろんな人が参加してくれて、いしいじんじさんは小説まで書いてくれて。

 

めぐれる:錚々たるメンツですね。

 

バンヒロシ:デジタル配信に勝つために、本を作るくらいの気合でブックレットに取り組んでます。

CDはいらんけど、ブックレットは欲しいって思ってもらえるようなものを作ろうと。

最終的にブックレットは16ページになりました。

CDの盤面も昔の某レコード会社のデザインっぽくして。

平成30年って記入して。

 

めぐれる:細部まで凝っていて、じっくり見て楽しめるブックレットなんですね。

 

バンヒロシ:実は音楽配信もするんですけどね。笑

 


バンヒロシTwitter


Bambinoニューアルバム「お座敷ロック」

お座敷ロック バンヒロシ bambino バンビーノ
BAMBIPHONE RECORDS BFRB-14 定価2200円(税抜)

バンヒロシ還暦祝いアルバム・Bambino「お座敷ロック」が4月11日に全国発売と相成りました。

ヒロシ還暦!

スウィートお座敷ロックンローラー、バンヒロシ率いるBambinoの新作アルバムが完成した。

敷居は低く、志は高く!その意思を込めたタイトル曲「お座敷ロック」、バンヒロシが19歳の時に結成したバンド・アップルドールズのデビュー曲「あの娘に投げKISS」と 2003年にセクシー歌謡ユニット・ラブハンター熱い肌に提供した「赤いブルースの女」のセルフカヴァー、バンビフォンレコードの秘蔵っ子・Sayoko-daisyとのコラボ曲「シング・ ア ・ソング」、Bambinoの新境地とも言える「生命のうた」「ジェレミー」と、捨て曲ナシ・名曲揃いのアルバムである。

昭和歌謡のアナログ感と平成ダンスビートのデジタル感をミックスした多幸感溢れるサウンドはますます進化し、次の時代をも予感させる極上のポップス幕の内弁当だ!

 

Bambino バイオグラフィー

2000年
<bambino>結成。
ゲリラ的ライブを行う。
2001年
4曲入アナログ盤『il bambino ed Rock』をlove time recordsよりリリース。各方面より絶大な評価をうける。
2002年2月
『バンちゃんとロック』レディメイド524レコードより復刻。
2002年4月
『SMASH HITSのスチャラカ・デイズ』CD
2002年5月
『il bambino ed Rock』CD『スマッシュ天国』CD『Smash Hitsのスチャラカ・デイズ』CDをlove time recordsよりリリース。
2003年
勢力的に全国ツアーを展開。
2004年1月
『恋がバンバン』7inchリリース。
2004年6月
『happy set』bambinoファーストアルバムCDリリース。
2008年11月
『ロックンロール・スキヤキ・スウィンドル』bambinoセカンドアルバムCDリリース。
2012年3月
『BAMBINO EP』 をリリース。

 

バンヒロシ バイオグラフィー

1976年
京都のインディーズレーベルより<appledolls>として『あの娘になげkiss』でレコードデビュー
1978年
京都にてbar 『万歳倶楽部』創業。
坂本龍一、アナーキー、陣内孝則、ジョニー大倉、町田町蔵(康)、藤山直美等と交流を深める。店に集まった仲間と歌謡ロカビリーバンド<Smash Hits>を結成。
1979年
月刊宝島にて「京都てなもん屋通信」を執筆。
<Smash Hits>DIAMOND HEADSRECORDINGよりヴィーナスの弟分として『テル・ミー/恋のハリキリ・ボーイ』でデビュー、これより3年間東名阪でライブ決行。小林旭、近田春夫、東京ブラボー、スクーターズ、有頂天、少年ナイフ、キングトーンズ等と共演を果たした。TV「タモリ倶楽部」「おーわらナイト」にも出演、マニアックなファンに圧倒的に支持される。
1984年
名盤『バンちゃんとロック』発売。FM大阪にて「僕のかってでショー」オンエアー。
当時ピチカートファイブだった小西康陽とのDJバトルやゼルダのサヨコとの音楽談義等でますますマニアックなファンを増やす。
1987年
京都でクラブパーティー「ア・ラ・モードコレクション」を展開。ピチカートファイブ、東京スカパラダイスオーケストラ、東京パノラママンボボーイズ、山口冨士夫 、アナーキー、ファントムギフト、近田春夫とビブラストーン、ランキンタクシー、大貫憲章等を呼んでのパーティーをオーガナイズ。京都の80年代のサブカルチャーの黒幕として名を馳せる。
1999年
アコースティックでのライブ活動開始。
2000年
またDJとしてミクスチャーパーティー「クラブエデン」をオーガナイズする。

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