和便はあかん

dropout
 

前回の続き

前回残りのローン残高:898,098円
リボ払いの残高:170,000円

僕には『お金』の気持ち、そして『お金の何もかもがわかっていなかったのです。
一瞬こちらを見て微笑みかけたかと思えば、すぐに僕の元を去って行ってしまう。
そんなこうして永遠に手が届かない高嶺の花ののような存在であるお金に対し

「ああ、お金ちゃん。ちょっとでいいから振り向いてくれよ!」

そんな悲痛な想いを抱きつつ

「でもどうせ逃げていくんだろう、、。うう、お前なんて!消えてなくなってしまえ!」

屈折した気持ちだけが育まれ、お金に愛されないどころか、お金を消えてなくなれ!
なんて憎んだ結果、本当に僕の眼の前からすーっと消えていくのでした。

あぁ、切ない。
なぜお金ちゃんは僕のことを好いてはくれないんだ!
永遠の片思いの気分でした。

共同生活をしてから家賃・各種公共料金や通信費の支払窓口は僕が担当することになりました。
そのため、毎月の請求額をメモに残しそれを同居人にメールで送ることにしたのです。
それによって今まで全く無頓着だったそれらの支払を必然的に管理するということになったのでした。

それまでは毎月クレジットカードの督促を恐れ、国民年金や市民税、健康保険の支払に怯え
それらの未払い分を少しずつ返済しながらカードローンの返済を行い
残金でなんとか食いつなぐという生活をしていた僕には
そういうお金にまつわる絡みに絡まった状況を紐解くことさえ困難に思え
お金とお金のことを考える全ての事柄に嫌悪感と怒りを抱いていました。

しかし、自分一人で暮らすという状況から、他人との共同生活に移行してから
共同生活を維持するためのコストに対しては向き合わなければいけなくなりました。

深夜残業

とある日、仕事の終わり際、代表との世間話の時に打ち明けました。

「毎月やりくりが大変なんです。」

『木村くん、毎月何に幾ら使ってるかわかるかい?』

と言われ、僕は固まりました。

何にいくら使っているかわからない。

使途不明金が多かったのです。
それらは多分全部飲み代だと思うことにしていました。

「わからないです。」

すかさず言われました。

『飲み代多すぎるんちゃう?毎月1万円でも貯金したら?』

と言われました。

毎月1万貯金したらと仰るなら、毎月1万円給料増やして欲しい。
と、(本当に申し訳ないけれど)心の中で思いつつ

「やれたらやってみます」

とだけ答えたのでした。

共同生活の初期費用の返済が毎月約1万円。
家賃や公共料金などが約5万円。
カードローン返済が毎月3万円。
リボ払返済は毎月3万円。

毎月約12万円が自動的に消えてくお金。
健康保険や国民年金の未払い分などを足すと大凡15万円。
そして、携帯電話、健康保険と国民年金の支払いで17万円。
そこからさらに食費がかかる。

かけられる食費の最大値は朝昼晩の合計600円。

それでも手取りから逆算してみると
どれだけ食費を削っても毎月1万円を貯金に回すなんて無理だと感じました。

その頃の僕には毎月1万円の貯金は絶望的な数字でした。

どこで道を誤ったのだろう。
みんな車や家や家庭を持っているっていうのに
僕は未だに貧乏学生の暮らしのままだ。

僕は自ら話を振ったのに、自分ことを棚に上げて貯金を勧めた代表に苛立ちを覚えました。

貯金のことを考えると怒りで震えてきました。
この日本で僕以外のすべての人間が何百万円という貯金を持っている。
そう思えてきました。

苛立ちの矛先は銀行にまで及びました。
貯金という名でさらに僕からお金を奪おうとするなんて!
そう思い始めたら腸が煮えるかのような気分になったのでした。

自分の得たお金なのに自由にできない。

おまけに銀行は預けてやったお金を勝手に運用する癖にATM手数料まで奪いにくる。
まだお金を1円も預けていないにも関わらず、想像だけ先走る始末でした。

cash card

お米生活を経て、同居人に見習いまとめ買いを実践してみることにしました。
土日の空いた時間にシリアルやアクエリアスを大量に仕入れてくる同居人の真似をすることにしたのです。

以前は利用していたタクシーはおろか、移動手段はバスも電車も使わず徒歩か自転車。
なるべく消費しないように務めました。

以前のように好きなバーにも通えなくなりました。

そして、ふと想像したのです。
勝手に消えていく10万円以上のお金。
これが全て貯金になっていたら、と。

家賃や各種公共料金など仕方ない経費はありました。
しかし、思ったのでした。

ああ、生きるってなんでこんなにお金が必要なんだろう?

そう思い始めるとどんどんネガティブな気持ちになるのでした。

また色々迷い始めてしまいました。
転職してまた基本給最下位からリスタートするか?
深夜にバイトをするか?
今の仕事は終わる時間が読めないから掛け持ちバイトは現実的な選択肢ではないように思えました。

お金になるものはないか?
何か売れるもんないのか?

しかし、そんなものは見当たりません。
あるのはこの肉体ただ一つ。
切り刻んでもどれだけの価値があるか?
体の一部でも売れへんやろか?的なことまで想像してしまいました。

 

ネットで手っ取り早く稼げそうな仕事を検索しました。
怪しそうな仕事が世の中にはいくつも転がっていました。
しかしいろんな顔が浮かび思いとどまりました。

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支払いするだけの人生に何の価値があるんだろう?
まっすぐ家に帰りたくなくなり川で独り発泡酒を飲みました。
この人生からドロップアウトしてしまいたくなりました。

しかし、そんな絶望的な気分の中でも夜中に帰宅すると
もしゃもしゃ頭の丸メガネで変なキャラ感の安定感半端ない同居人がまだ起きていたのでした。

『おう、お疲れー。遅かったなぁー』

普段と変わらないやり取り。
一人だったら自暴自棄になっていただろう状況でも、そこに変わらぬ姿で彼がいることは僕を正気に戻しました。

自分への戒めのように限界まで行ってしまえとばかりにローンをしたことがジワジワ首を締め付けていました。
全て自業自得なのです。

 

 

春は毎年恒例の行事のように出町柳では連日のように桜が咲く前からも散ってからもお花見が行われていました。
大学が多い京都だけあって学生たちには活気があり生き生きとしていました。
僕とは確実に違った前向きな未来があるように目に映りました。

とても羨ましく思えました。

屯風主催の花見があり、そこでは特異で珍妙で愉快な人たちがたくさん集ってきました。
僕もたくさん笑って、飲んで、食べて、そして鴨川へ転がり落ちたり
現実の暮らしのことを一時、忘れることができました。

春はあっという間に過ぎ去りました。
ライブがあり、カレー大会があり、何かとイベントが続く中で
僕に仕事を紹介したイラストレーターの子がTシャツ制作をしたいと言ってきました。
どうやら出展をするらしく、出品者が多いのを希望しているようでした。
そこで、参加者を募って僕らの一軒家をTシャツの制作場所として提供することとなったのでした。

Tシャツの購入費用はかかるものの出品して売れたら儲けが出る。
そんな感じの内容でした。

募集をかけて友達が友達を呼び、参加者が集まりました。

Tシャツにアクリル絵の具とかでみんな思うままにペインティングをしました。

そして、気がつくと飲み会の会場と一変し、Tシャツ制作の参加者以外にも人が増え始め
総勢20名以上が一軒家に集うという恐ろしい状態になったのでした。

一軒家というだけでこんなに人は集まるんだ。
ライブにもこれだけ集まってくれたらいいのに、なんて思いました。

デザイナー、イラストレーター、カメラマンなどクリエイティブな職業の人からSEや証券マンなど
20名以上の人たちはあらゆる職種の人たちがいました。

いろいろな人たちがやってきて酌み交わしました。
しかし、我が家のある場所だけはとても(特に女子に)不評でした。

それは、トイレでした。

元々和式トイレだったものを、同居人がハードボイルドを気取った冒険野郎であるにも関わらず

『和便はあかんねん。』

ハードボイルド冒険同居人は断固として和式トイレを拒否。

『和式は跨げへん。』

なぜか彼はお尻にだけ繊細な一面を覗かせたのでした。

なんかおかしいんつあう?と僕が制するのにも全く耳を傾けず、一歩も譲らない彼はヤフオクかなんかで便座アタッチメントなるものを購入し設置したのです。

それは和式トイレにかぶせるだけで洋式トイレに変貌するというものでした。
(きっと高齢者のために簡単に設置できることを目的としたように思えます)

しかし、設置した瞬間から異様に便座が高く感じ狭いトイレ空間で異様な存在感を放っていました。

その佇まいは独特でした。

洋式トイレという塔、オブジェ?マルセル・デュシャン?

トイレのドアを開けると、まるで前衛芸術のように洋式便座アタッチメントが異様な存在感を出して鎮座していたのです。

さらに独特の存在感だけでなく、洋式便座アタッチメントに座ると足が宙に浮いた感じになり全く落ち着かなかったのです。

彼が購入したのは段差がある床の和式トイレに設置するタイプではなく
平らな床の和式トイレに設置するタイプのアタッチメントでした。
異常に便座が高く感じていたのはそのせいでした。
段差分、さらに便座から床までの距離が伸びていたのでした。

問題は足が宙に浮くこと。
そして、見た目と清潔感。
さらに座ると足が届きにくいだけでなく扉が目の前に迫ってくる感じでした。

圧迫感。
そして、浮遊感。

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そして問題はさらにありました。

メンズ的にスタンディングで用を足す場合、洋式便座アタッチメントに引っかけることなく
本来の着地点である和式トイレ(彼の言うところの和便)の最下部にピタリと照準を合わせなければいけませんでした。
寸分でも的が狂えば洋式便座アタッチメントに当たり、やがてはそれがシミとなってしまうからでした。

そのため常にトイレではアスリートのような緊張と集中を強いられ
万一的を損じた場合はその都度、使用後に水で洗浄をするという作業を必要としていたのでした。

そのため来客の女性たちは毎回近くのコンビニ買い出しという名目でトイレに行っていたのでした。

こんなに楽しい時間を過ごしているにも関わらず、心にどこかぽっかり大きな穴が空いている気がしていました。

覆い隠された和便の上、地に足がつかない便座に座りながら
窮屈なトイレがこの僕の全てを物語ってるような気になってきました。

全部、水に流せてしまえたらいいのに。。。

僕は人生を再生できるんだろうか?
例えば、借金が今全て完済したとして僕には幸せだと実感できるのだろうか?

その答えは永遠にないような気がしました。
もう街では祇園囃子が聞こえ始めていました。

あと残りのローン残高:873,538円
リボ払いの残高:110,000円

支払いは続く

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木村
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めぐれるの副編集長してる人。 静岡県浜松市出身、うなぎパイのとこです。 京都に来てはや20年以上。お酒とロックと夏が好き。 自由気侭なフリーランスで2児の父。